高橋姉妹 兄弟×拓海
サラサラと水の流れる音がするホテルの和食レストラン。
綺麗に盛りつけられたコースもラストの水菓子が出て、コーヒーがテーブルにおかれている。
「本当にまじめそうな方で」
「いえいえ、こちらこそ、うちの孝弘にはもったいないくらいで」
所謂、どこから見ても見合いの場。
白いツーピースを着た若い女性が口元に微笑を浮かべる。
肩の辺りで切りそろえられた黒髪に、涼やかな目元。薄い唇にすっきりと通った鼻筋。正当派美人、といった所だろうか。
対する相手は、そんな彼女の笑顔に照れたような顔で、しきりに頭をかいている。
特にこれといった目立つ風貌ではなく、仕立てたスーツが似合いきっていない、20代の青年。
まあ、肩書きにつく学歴だけは立派だが、勉強に勤しんで恋愛とは皆無の学生生活を送っていたのがよく分かる相手だ。
「それでは、後は当人同士で」
というお定まりの台詞を仲介をしていた叔母が口にすると、女はバックを手に、席を立つ。そして「時間の無駄ですわ」とにこやかな笑顔とともに言い放った。
「りっ涼子さん?!」
「父が、母が、叔母が、叔父が。自分を語るものがない男など、興味はありません」
あっさりと、そう言って涼子は呆然としてる男と親族を見下ろす。
「叔母様、私は別に夫にマイホームパパを期待したことはありません。両親が医者でしたから、運動会も参加日も来てもらえないのが当たり前でしたもの。それでも、両親が医者という職業に誇りを持っていたから、尊敬することが出来ましたわ。ですから、夫は心から惚れたといえる、惚れ直せる方が良いです。少なくとも、自分の言葉で、語れる程度でなくては、話になりませんわ。そうそう、病院は心配なさらなくても、私がちゃんと継ぎます」
そう言ってにっこり笑うと、「今回のお話は、この場できっぱりお断りいたします」と出ていった。
大和撫子の代名詞とまで言われていた涼子の、みごとな反乱に、親族達は真っ青になる。
そして、見合い相手側の怒りが爆発するのは、彼女が店を出た直後だった。
涼子はその姿に不似合いな白のFCに乗り込むと、ホテルの駐車場から滑り出る。
まったく、人が大人しくしていたらつけ上がって、とかなり苦々しい思いをした。
大体、卒業する前に見合いとは、どういう了見なんだか。
涼子の両親はさほどでなかったが、今回、うるさ型の叔母が熱心に薦めた見合いだった。
いっそ見事なまでに、勉強ができるのと頭が良いのとは違うという見本のような相手に、話して30分もしない内に興味が失せた。
そう、病院の経営なら夫の協力など必要はない。
そんな相手が欲しい訳じゃない。
自分が欲しいのは、四六時中自分の側にいて、好きだと囁いて、甘やかしてくれる相手じゃない。
前を、前だけを見ている男。
努力と実績とに裏付けされた自分にプライドを持った男。
夢を見て、見るだけで終わらせない男。
その夢を実現するために、自分に手伝うことが出来るなら、どんなに幸せだろう。
両親に、今時その条件はかなり厳しいと苦笑された。
それでも、涼子にとってどうしても妥協できなかった一点だった。
そして、見つけた。
まだ、原石だけど、磨かれれば誰よりも輝く宝石。
神の気まぐれにも似た、奇跡のような出会い。
今は、他の事に意識など向かない。
どうしても彼に会いたくて、アクセルを踏み込んだ。
普通の県立高校の前に、派手な黄色のFDが止まっているのを見て、その隣りに涼子も止める。
煙草をくゆらせているのが、妹の啓子だと分かって、涼子も車から降りた。
「アネキ、見合いはどうした?」
「その場で断った。まったく、話にもならない。そういう啓子こそ、合コンじゃなかったの?」
「う~ん…なんか下心が見え見えでさ。馬鹿らしくなって抜けてきた」
お互い、顔を見合わせて、苦笑した。
結局、二人とも彼に会いたくなったというわけだ。
上品で華やかな白のスーツを着た涼子に対して、派手なパンツスーツを着ている啓子。
こちらは髪の色も綺麗に抜いてあって、勝ち気な表情によく映える。
共に大学生で、学内ではけっこう人気のある二人が、現在、健全交際から口説いている相手が、高校生と知ったら、周囲はさぞ驚くことろう。
校門から出てくる学生服の集団の中に、目当ての人物を見つけて、名前を呼んだ。
「「拓海」」
花の綻ぶような笑顔を向けている二人に、呼び止められた相手は目を見開く。
幾分、幼さの残る18才。
峠で負け知らずだった二人に土をつけた相手。
そして、目下姉妹が精一杯口説いてる真っ最中の相手『藤原拓海』だった。
ファミレスで、高橋姉妹はコーヒーを飲みながら思案顔をしていた。
前回、校門前で拓海を待っていたら、目立つから辞めてくれと彼に苦情を言われた。
後でみんなに説明するのに困るからと。
バトルの相手だと言ったら、噂に尾鰭がついて、涼子さんと啓子さんはレディースの人間に、自分は暴走族で走ってることにされてしまうからと。
家庭教師といっても自分の成績では嘘臭いし、二人も付いてるのかと言われたら、言い訳が厳しい。
恋人だと説明してくれないのかと尋ねたら、「どっちと付き合ってるって言えば良いんですか?」と尋ね返された。
「二人と付き合ってるって言ったら、俺、みんなに両天秤かけてるのかって袋叩きにあいますよ」としごくまじめな顔で、言われた。
確かに、二人と付き合っていると言えば、拓海が両天秤にかけてると解釈されるのが普通だろう。
「可愛かったわよねぇ…」
「うん、流石に十代だわ」
脳裏に浮かぶのは、翻るセーラー服。
自分たちはブレザーだったから、ある意味憧れがあるセーラー服。
「そうよねぇ…彼女達から見れば、私なんかすでに『おばさん』だものねぇ…」
大学生とはいえ、医学部在籍の涼子は今年で24才になる。
普通ならOLの年齢だ。
その上、美人と言われたことはことはあっても、可愛いと言われたことは生まれてこの方一度もない。
言い方がきつい、態度も大きい、身長も拓海より1センチ高い175センチ。
その上、医学部在籍となると、大抵のコンパでは男に逃げられる。
勝手に高嶺の花にされて、言い寄る男は皆無に等しい。
そんな涼子にとって、高校生の拓海とはどう付き合えばいいのか、どう距離を取ればいいのか模索している所だ。
片肘をついて煙草を吹かす啓子の方も、街でみかけた女子高生が頭をよぎる。
自分には絶対真似できない、あんな格好…
こちらは理学部在籍の22才。今年で卒業になるわけだが、やはり涼子と血が繋がっているだけあって、勝ち気な美人である。
啓子は基本的に機能的な服、派手な服が好きだ。
また、性格の方は竹を割ったような性格で、そこらの男より男らしいと、女子校時代、下級生から慕われていたくちだ。
俗に言う、コギャルの服装が二人とも嫌いだった。
ファッション誌をそのまま真似るような服装はもっと嫌いだった。
なので、二人とも好きな服を、好きなように着ていた訳だが、高校生の目から見て、二人の服装はかなり『年上』に見えるのではないかと、思い始めた。
ただでさえ、自分たちは可愛い服というのが似合わない。
パステル系のフワフワとした系統の服はどうやってもギャグになる。
実際、店員が薦めようが無くて、困っていた程だ。
外見的に年齢差があまり出ないならまだしも、どちらかといえば童顔な拓海と、老けて見える自分たちとでは、実年齢以上に年の差があるように見えている気がする。
高校生の拓海はカジュアル系の服を着ているから、スーツなんぞ着たときは余計に釣り合いが悪い。
デートの最中、レストランの店員から「仲のいい姉弟」と言われたときほど、ショックを受けたことはない。
今回も、久しぶりのデートで、服を選ぶのに悩んだ。
峠ではそうでもないのだが、昼間自分たちと並んで出歩くのを拓海が嫌がっている気がする。
やはり、十代での年の差というのは、思っていた以上に大きいのだろうか…
「拓海」」
校門を少し過ぎた所で、涼子と啓子が待っていたのに、拓海は驚いた。
待ち合わせは確か駅前のはず。
少しでも早く拓海に会いたかったからと、綺麗に笑う涼子に思わず俯いた。
「学校に来るのはやめてくださいって言ったのに…」
小さく呟かれた拓海の台詞に、二人は少し悲しげな顔になる。
「今回、車は置いてきたけど、それでも駄目?」
「二人が並んでいると目立つんですよ。前の時も翌日、クラス以外の連中からも質問責めくらいました」
「ゴメンね」
「別に謝って欲しい訳じゃないです」
そう、謝って欲しい訳じゃない。
ただ、困るのだ。
紹介して欲しいと言われるのが。
誰にも紹介なんてしたくないから、見せたくないから。
拓海が好きだよ、と優しい笑顔で二人から告げられたのバトルが終わって2日後のことだった。
そして、付き合って欲しいと言われて、お茶したり、映画をみたりしてるわけだが、この場合、恋人としてなのか、友人としてなのか、はっきりしない。
なんせ、いつも3人で出かけて、たわいもない話をしているだけだ。
デートと言えないこともないけれど、友人でもこのぐらいはするんじゃないかと、そう思える。
実際、デートだと誘う啓子の口調は軽いし、涼子もニコニコと笑っている。
二人に誘われるときは、冗談交じりに「デート」という言葉を使っているだけに過ぎないんじゃないかと思える態度と口調なのだ。
第一、『拓海はどこに行きたい?』『何を食べたい?』振り返ってそう尋ねてくる二人の態度は恋人以前に、男として見てもらっているのか、甚だ疑問だ。
どう考えても『弟』扱いされてる気がする。
実際、なにかと拓海にかまう二人の態度に、レストランで「姉弟」と言われたこともある。
やはり、自分たちの関係は周囲からはそう見えるのだろう。
今日の涼子は光沢のあるライトグレーのアンサンブル。啓子はキャミソールにニットを合わせ、黒のタイトスカート。
そして、今回は二人とも足下はローヒール。
クラスの女の子達が言っていた。
一番足が綺麗に見えるのは、7センチヒールだと。
だから、モデルがはくのは7センチなのだと。
実際、前回校門の前で待っていたときは、二人ともハイヒールを履いていた。
峠で見るラフな服装とは違って、きっちりメイクして、お洒落な格好をしていた二人は本当に華やかで、綺麗だった。
そんな二人を見た後だから、今日の格好が拓海にとって少し悲しかった。
確かに、自分の隣だと、ハイヒールは履けないよな。
ハイヒールが似合う服装も出来ないだろう。だって、自分はもっぱらTシャツやパーカーといった服装で、未成年だからアルコールの出る店とかも駄目で。
どこから見ても高校生とわかるガキだ。
啓子と同じ身長、涼子より1センチ低い自分の隣で、ハイヒールを履けば、二人は拓海を見下ろす事になる。
気遣いといえば気遣いなのだろうが、その身長の差が自分の立場を示しているようで、悲しかった。
どんなに背伸びしても追いつけない。どうやっても自分と釣り合わない。
そう、クラスの連中だけでなく、他のクラスの人間からも質問された。
一体彼女たちとはどういう関係なのかと。
自分の方こそ教えて欲しいぐらいだ。
バトルの相手だった。今度はチームメイトになる。
そして、少し親しい友人?それとも涼子さんにとっては弟子?
好きだけど、憧れてるけど、今の自分では告白しても笑われるだけな気がする。
第一、二人とも好きだなんて、文字通り両天秤じゃないか。
というより、図々しいにも程があると、呆れられて軽蔑される可能性の方が高いか。
街でも人目を引く、目立つ二人。
今まで自分が知ってる誰よりも綺麗で、明るくて、優しい二人。
今は、何も言えない。
少なくとも、涼子さんの描く『関東最速』が完成するまでは、どうやっても二人の前に男として立てない気がする。
第一、立場がなさ過ぎるんだよな。
遠征の費用全額、涼子さんもちだなんて(これって見方を変えれば、貢がれてるツバメだよ)…
今は弟でも、可愛い後輩でも良い。
半年後には、身長差以上に、成長していたい。
そして、冬が来る前に、ちゃんとおつきあいしてくださいって頼めるように頑張ろう。
出来るだけ急がないと。
二人に愛想を尽かされる前に。
似合いの人が現れる前に。
自分にとって取り柄は走ることだけだから、今はこれで頑張るしかない。
そう考えている拓海だった。
姉妹の方といえば、拓海の言葉に幾分傷ついていた。
やはり、年上と、大学生(この点に関しては涼子の方が沈みの度合いが大きい)と付き合っているとなると、からかいの対象になるのだろうか。
まして、相手が二人となると気まずい思いをすることの方が多いのかもしれない。
もともと口数の少ない拓海だから、はっきりと「好きだ」という言葉を口にしてくれることは滅多にない。
でも、デートに誘えばOKしてくれるし、峠では一緒にいてくれる。
ただ、彼からデートに誘われたことはないけれど…
やはり高校生の拓海には「可愛い年下の彼女」の方が良いのだろうか。
はにかんで、甘えてくれるような、そんな彼女。
自分たちは今更可愛い女の子にはなれないし、性格も変えようがない。
『なんせ、初対面は喧嘩腰だったし…』
『めちゃくちゃ高飛車な物言いしたし…』
中学生でも、もう少しまともなおつき合いをして気がする自分たちの関係に、ため息がこぼれる。
どうやって、『恋人同士』になろうかと、そう考えて迷っている3人だった。