紫翠楼/WILD FLOWER

箱庭の庭園2本好きの下克上

フェルディナンド×ローゼマイン

 領地対抗戦の前日、エーレンフェストの領主夫妻からの私的なお茶会の招待を受け、ローゼマインは元エーレンフェストに属していた護衛と側仕えにアレキサンドリアで新たに登用した者達の中でも名捧げをした者達だけを連れてエーレンフェスト寮に出向いた。

 以前に比べて年相応の姿になったローゼマインは、神々しいまでの女神の力を失ったものの、艶のある髪も相まって麗しさは増したように見える。

 彼女の背後に控える護衛騎士や側仕え達も、ローゼマインの髪の色である濃紺色のマントを誇らしげにまとっている。

 そこに、エーレンフェストと旧アーレンスバッハの確執は見えない。そして、そんな雰囲気にやはりエーレンフェスト勢はヴェローニカの派閥の子供達を取り込み、皆で協調してともに順位を上げていった過去を思い出す。

「良く来た、ローゼマイン」

「お招きありがとう存じます、アウブ・エーレンフェスト」

 順位としてはアレキサンドリアが上だが、義父として話すジルヴェスターに、ローゼマインはにっこりと笑う。

 フェルディナンドからアレキサンドリアのアウブがエーレンフェストより下であってはならないと言われたので、膝を折る事まではせず、長々とした挨拶は省いた。

「何とも他人行儀な」

「わたくしがうかつなので、普段から気をつけておかねば領主会議でも失敗するとフェルディナンドに言われているのです」

「そのフェルディナンドは?」

「お仕事がおしているようで、遅れてくるそうです。何分にもアレキサンドリアはフェルディナンドがいなければまわりませんもの。本当に素敵な婿様でありがたいと思っております」

「さようか」

 仕事がおして遅れてくるというローゼマインの言葉にヴィルフリートが首を振って見せる。

「また、無茶をして、叔父上を困らせているのではないか?」

「うっ…頑張ってはいるのですけど、現状フェルディナンドの負担が大きいのは事実ですね。でも、わたくしの図書館よりもフェルディナンドの研究所の方が充実していくのです。狡いとは思いませんか?どうせまた、睡眠時間を削って研究所に籠もっておいでなのです。あれほどお薬は食事ではないし、きちんと休んでくださいと言っているのに」

 ムウッとした顔の後、困ったような表情で笑う。

「そのフェルディナンドのおかげで砂糖の栽培にも目処がつきましたし、香辛料の研究も皆頑張ってくれているので、文句もいえないのですけど」

 所長自ら研究に邁進する上、身分の差関係なくその実績を評価してくれ、内容によっては領政として後押ししてくれるプロジェクトに関われるのだから、今まで上の者に良いように研究成果を横取りされていた中・下級貴族の奮闘はすさまじい。

 それにやはり、砂糖の栽培に目処がたったと報告できるのはありがたい。試験栽培はアレキサンドリアで行うが、徐々に他領でもお願いして、アーレンスバッハ時代のように独占せず、敵視を減らすカードにしたいと思っている。

 元々、ローゼマインは砂糖の価格が下がって、庶民にも手が出るぐらい市場に出回って欲しいと考えているので、秘匿にはさほどこだわって居なかった。

「貴族院にいればいたで、何かと騒動を起こすからな。私はいい加減慣れたが、領地にいる叔父上は気が気ではなかろう」

 すでに、神々に呼び出されるのが当たり前になりつつあると、ヴィルフリートが言葉を重ねると、ローゼマインが視線を外す。

 神々に対する防壁のお守りが強すぎて、女神の声が届かないという、すでに人間の限界を超えているようなお守りを作るフェルディナンドは、より強力なお守りを作ろうとするから、必死で止めたのだ。緊急事態のためのラインは一つ残しておきましょうと。

 今回は間に合ったけれど、フェルディナンドの命に関わることについて、自分に連絡が届かないのは困ると。

 おかげで、またリニューアルした髪飾りや腕輪に周囲が感嘆を通り越して退いていたが。

「今回の領地対抗戦でだす予定なのです」

 そう言って用意させたのは『アフタヌーンティーセット』

「これから広めて行こうと考えている『午後のお茶会』形式です。ふわふわパンにこだわらなければサンドイッチは出来ますし、小さなお菓子を数種、あとは甘くない焼き菓子のスコーンにつけるもので調整すれば、甘みが苦手な男性も食べやすいでしょう?フェルディナンド様も気に入ってくださったのですよ」

 3段プレートにつまめる程度の大きさで盛られ、華やかな演出がしやすいのも貴族受けが良いだろうと用意したが、やはりプチケーキが女性には人気だし、甘い菓子が苦手ならサンドイッチとスコーンをつまめば良いので、男性にも好評である。

 試作品を食べられる側仕えと下働きには特に人気だ。

「美味いな……」

「本当に、ローゼマインは新しいことを考えるのが上手ですね」

 領主夫妻の言葉に対して、ローゼマインは「わたくしの料理人と菓子職人は優秀なのです」と嬉しそうに微笑む。

 そんなローゼマインを見ている側仕えや護衛騎士達は、エーレンフェストだけでなく、旧アーレンスバッハもいるが、どちらも誇らしげにローゼマインを見ている。

 ほんの数年前まで、ディートリンデに仕えていたはずの者や、仕える予定だった者達が、すっかり忘れたように紺色のマントを羽織っている。

そのことが、ヴィルフリートには酷く身につまされた。

「ディートリンデ様も気の毒なことだ」

「ヴィルフリート様?」

 ふと溢したヴィルフリートの台詞に対して、周囲に緊張が走った。

 もともと、アレキサンドリアの者達は、エーレンフェスト側の気安い態度に良い印象は持っていない。

 確かに、以前は養女だったかもしれないが、今は上位領地のアウブであり、神々にも愛され、グルトリスハイトを授ける女神の化身であるローゼマイン様に対して、親族だったことを振りかざすのかと。

 仮想敵というほどではないが、外敵誘因を行い、アーレンスバッハが荒れるのを放置するどころか促進させたゲオルギーネへの反感は消えていないし、魔力供給の援助を断ったことの逆恨みや、姉弟喧嘩に巻き込まれたと考えている者もいた。

 それを知りながら、距離を取ると寂しがるローゼマインのことを知っているから、あえて親しげに振る舞うジルヴェスターに対して、ヴィルフリートは身内の場だからと空気を読まず、アーレンスバッハの者達の心情に気付かない。

「ディートリンデ様が困った方だというのは知っている。だが、あの方もきちんと教育を受けていれば、あのようにならなかったのではないのかと思うのだ。随分と情報が制限されていたようだし、周囲がもっとアウブにふさわしくなるように教育していれば、違う結果もあったのではないかと」

「ヴィルフリート様は、おかしなことをおしゃいますのね?フェルディナンド様に毒を盛り、死んでいないと分かれば魔力が枯渇するまで供給源として身体の自由を奪い、繋いだ方が『困った方』ですか?」

「それは……だが、叔父上が信頼関係を築いて導いていれば、そんな事態にはならなかったのではないのか?そなただけでなく、私やシャルロッテを鍛えてくださった。神殿の灰色神官さえも鍛えていた。ならば、婚約者であるディートリンデ様を教え導くことも」

「やめよ、ヴィルフリート!」

 ジルヴェスターが咄嗟に遮ったが、ローゼマインの瞳が鈍いきらめきを放つ。

「つまり、ヴィルフリート様はフェルディナンド様が悪いと?」

「そうは言っておらぬ。だが、あの方も知らなかったのだ。ならば、やり直す機会が与えられても良いのではないのか?アーレンスバッハの者達であっても許されて、そなたに仕えている者もいるのだろう?」

 相も変わらず無知なのかと、ローゼマインだけでなく、護衛であったコルネリウスやレオノーレは苦々しく思ったし、ランプレヒトは顔を伏せてしまった。

 側近であるエーレンフェスト組のリーゼレータとグレーティアは軽蔑とも見える視線でヴィルフリートを見ている。

 リーゼレータはローゼマインが中央に移ると聞かされた時、ヴィルフリートの文官であるトルステンと婚約を解消した。

 もともと、主であるローゼマインとヴィルフリートが婚約者で、星結びを行うことが前提での婚約だった。なので、ローゼマインについて行くと決め、実家にも配慮してくれると言質がとれれば、さほど未練もない婚約者だったが、最近復縁の申し入れがきていた。

 エーレンフェストは他領に婿入り出来ない。ならば、リーゼレーがエーレンフェストに嫁入りとなる。アンゲリカが出たのだから、その方がリーゼレータにも良い話だろうと言われたのだが、冗談では無い。

 アレキサンドリアにいれば、フェルディナンドを筆頭に優秀な文官、側仕えを身近に見てきた。どうして今更エーレンフェストに戻ってトルステンの元に嫁がなくてはいけないのか。

 彼は主であるヴィルフリートを支えることも、教育することも出来ていない。

 それで側近の顔で後ろに控えている。

 アレキサンドリアでは、あの程度で側近を名乗るなどあり得ない。

 それこそ、フェルディナンドとハルトムート、クラリッサの徹底した教育的指導が入る。

 神殿であれば、フランが主譲りの笑顔を浮かべながら言葉で抉るだろう。

 アウブ候補から外れたから、もう領主候補生としての教育は不要とでも思っているのか。

 だから、ヴィルフリートはアウブにふさわしくないと、周囲が無能だと言われるのだ。

 自分が名を捧げたいと思える程の『良き主』に仕える事が出来る、そのことがどれだけ恵まれているのか、エーレンフェストと交流するたび、ローゼマインに仕えるエーレンフェスト組は噛みしめる。

「あいにくと、わたくしにはディートリンデ様にかける情けなど欠片もございません。神と約束しましたから、死罪は望んでおりませんが、メダルを破棄してシュタープを封じ、回復薬を飲みながら白の塔で魔力を供給し続ければ良いと思っております。ええ目の前にいたら、わたくし『ブラッディ・カーニバル』を開催しない自信がありません」

「『ブラッディ・カーニバル』?」

「血祭りのことですよ。いっそ、食事もお薬にしたいぐらいです。生かさず殺さず、『飼う』というから中央に引き渡したのです」

「ローゼマイン、貴族院の頃から思っていたが、そなたはディートリンデ様に冷たすぎるぞ」

 自分は二度許された、シャルロッテは命がけでかばったし、自分を襲ったヴェローニカ派の子供達は助けようと奔走した。

 ゲオルギーネが処罰されるのは仕方の無いことだとしても、今までならディートリンデは助けようとしたのではないのかと。

 そんなことを口にするヴィルフリートにエーレンフェスト側の者達は青ざめ、アレキサンドリア側の者達は軽蔑の籠もった眼差しをヴィルフリートに向ける。

 今までなら、ヴィルフリートに対して、仕方ないという風に溜息一つをついて、説明をしてくれたローゼマインがひんやりとした誰かを思わせる微笑を浮かべている。

「確かに、フェルディナンド様を害された事で腹立たしく思っていましたが、これが神殿の灰色神官や孤児、グーテンベルクが害されたとしても怒りましたよ。わたくしが大切に思う者達に危害を与えようとする輩を許すほど、慈悲深くはございません。それに、フェルディナンド様が教育すればとおっしゃいますが、本来、彼女を教育すべきはゲオルギーネ様。ゲオルギーネ様を教育したのは前アウブのエーレンフェストとヴェローニカ様。ヴェローニカ様の血を引かず、教育されていないフェルディナンド様はあれほど優秀なのですから、責められるべき愚かで怠惰なのは、やはりヴェローニカ様ではありませんの?」

 遠回しにヴェローニカの血をひき、教育を受けて育ったジルヴェスターとヴィルフリートが愚かだと言っている。

 ヴィルフリートにすれば優しかった祖母、その祖母に似ているゲオルギーネやディートリンデに対して、親しみを覚えこそすれ苦手意識はなかった。

 以前、いみじくもヴェローニカ派の子供達が言ったように、ゲオルギーネが領主夫人であるアーレンスバッハと協調してやっていけるなら、それが良いとすら思っていた。

 エーレンフェストの貴族院ではヴェローニカ派の子供達とも協力できたのだ、だからそんな風に出来ると思っていた。

 貴族院でそれが出来たのは、襲われたローゼマインが彼等を許し、外に目を向けさせたからだ。確かにヴィルフリートがまとめはしたものの、起点となったのはローゼマインである。そして、その意識を切り替える切っ掛けが難しいのだが、そこが分かっていない。

 フェルディナンドの心配はあれほどするのに、従姉妹であったはずのディートリンデには無関心だったローゼマイン。

 ローゼマインにとって、ディートリンデが家族の内にはいっていないことに、ヴィルフリートは気づいていなかった。

 従姉妹なのだからと言えば言う程、ローゼマインは冷めた目をした。

 フェルディナンドには、食べる物もあれほどの気配りをするのに、どうしてと。

 自分やヴェローニカ派の子供達は許し、やり直す機会を与えたのにと。

 そんな言葉をヴィルフリートが口にする前にジルヴェスターが止めた。これ以上言えば、ローゼマインが感情を抑えきれず威圧を向けると直感したからだ。

「控えよ、ヴィルフリート。それ以上はツェントの裁定に対する不遜になる」

「はい……」

 ジルヴェスターに止められ、不承不承で引き下がったのが分かる表情に、フロレンツィアは溜息を飲み込んだ。

 分かっていないことが、歯がゆく、腹立たしい。

 ヴェローニカに好きで息子を預けた訳ではない。それでも、実家が大きく地位を落とし、実家の後押しが無くなると、ヴェローニカと抗するのが難しくなった。

 ジルヴェスターは優しいが、実の母と揉めるのは避けた。父が亡くなって若くして領主にたった時、母の力添えがあったのだと、なるべく仲良くしてくれと。

 嫁いできたフロレンツィアが一番頼れるのは、ジルヴェスターなのに、彼は公の場でかばってはくれても、領主夫人であるフロレンツィアが女性一位であるとは示してくれなかった。ヴェローニカが失脚してからは、子供達が襲われたり、ヴェローニカ派の粛正やら増長するライゼガングの押さえやら領内政治に追われて、ヴィルフリートの教育に直接関われず、信頼できる者を教育係に付けたことと、取り戻したことでどこか安心してしまっていた。楽しげな貴族院の生活と、一年生から優秀生に選ばれていたことで、あの子も頑張っているのだと思ってしまった。

 だから、エーレンフェストの順位が上がれば上がるほど、領主会議での立場が悪くなるジルヴェスターと周囲の悪意に、ライゼガングからの突き上げに意識がいっていた。

 フェルディナンドがアーレンスバッハに移動し、自身が懐妊して、ローゼマインに頼らざるをえない状況になった時、申し訳ないと思いながら、どこかであの子はしっかりしているから大丈夫だと思っていた。ヴィルフリートを支えてくれると。

 優秀すぎるローゼマインに劣等感を抱いて当然なのだ。それでも、ヴィルフリートは頑張っていたと思った。だが、周囲がそういえば、ヴィルフリートは満足してしまった。

 自分は優秀なのだと、上位領地の領主候補生と親しくなれば、自分が認められていると。

 上位領地が親しくしたいと思ったのは、エーレンフェストが躍進した理由を知りたいからだ。次々と申し込まれる商取引の前哨戦が貴族院だ。

 事実、ローゼマインを引っ張り出すために、彼女の知識を得ようと共同研究を持ちかけてきている。ドレヴァンヒェルとの共同研究では、良いように成果をもっていかれかけたのをローゼマインの機転で対面を保った。そのせいで、寮生全体の力はまだまだ足りず、ローゼマイン個人の資質で支えていることが露呈してしまった。

 文官や側仕えの力量の差が、主の差なのだと、どうして気がつかないのか。

 ローゼマインとフェルディナンドの才の一つが部下を育て使いこなすことだ。

 上手く使えと言葉で言うのは簡単だが、どうすれば動かせるのか、主人であるヴィルフリートやシャルロッテ、メルヒオール自身が考えて覚えなくてはいけない。

 貴族院でどうしてヴィルフリートは学ばなかったのかと、フロレンツィアは嘆くが、彼女自身が求心力にかけるアウブ夫人で、ライゼガングを押さえるためにヴィルフリートを利用しなくてはならず、それを息子に理解させることも出来ていない。

 やはり、今まで接した時間がシャルロッテなど手元で育ててきた子供達に比べて短いことが大きかったし、ジルヴェスターがライゼガングを含むエーレンフェスト全体の貴族達を掌握しきれていないことも大きい。

 一番の原因は、フロレンツィア自身の実績のなさだ。

 今まで、ヴェローニカに対抗できるような、他領に影響を与える流行を広げることなど出来ていなかった。上位領地から声をかけられる価値がエーレンフェストにはなかったのだ。そこにローゼマインがもたらした変革。お菓子も美容も、本も生かし切れていない。

 逆に領内ではエルヴィーラが派閥を固めるのにフェルディナンドのコンサートなどを上手くつかって広げていた。

 ローゼマインの側近で、流行を生み出したいと貴族院で鍛えられているブリュンヒルデは対他領の社交には心強いのだが、ライゼガングを押さえることよりも中央で新しい流行を生み出したいという気持ちが強くて、領地対抗や領主会議には連れていけない。

 ローゼマインがいなくなったことで、逆にエルヴィーラの存在感が強まってしまった。

 このままでは、自分の存在がどんどん埋もれてしまう、とフロレンツィアは危機感を募らせていた。

 ローゼマインはエーレンフェストの領主一族に対して今まで通りで良いと言う。

 だが、その一挙手一投足に周囲の視線が注がれ試されているのだと、ヴィルフリートは気がつかない。

 ローゼマインの好意に値する人間なのか、エーレンフェストはアレキサンドリアが配慮する価値があるのか。

 ニコニコと笑うローゼマインに、ジルヴェスターも何とか笑顔を見せる。

「あとで、この愚息には言ってきかせるので、どうかご容赦願いたい」

「そうですわね、わたくしもディートリンデ様のことをこれ以上聞きたくはございませんわ」

 旧アーレンスバッハ勢にとって、ゲオルギーネやディートリンデは切り捨てたい過去だ。アレキサンドリアとして生まれ変わったことを示せなければ、連座もあり得る。特に旧ベルケシュトックに血縁がいる者は必死だ。 

 これから星結びを行い、フェルディナンドとローゼマインの間に子が出来れば、養女として迎えたレティーツィアの立場もある。

 そこに今更、あのディートリンデの立場回復など、災厄でしかない。

 アレキサンドリアの者達の視線の険しさにヴィルフリートが気づかないことが、ランプレヒト達側近の失望を深め、領主候補からおりた事に他の面子は安堵する。

 相変わらず、ヴィルフリートは周囲を見ず、自分に都合の良い所だけを見る。

 貴族院で、ローゼマインへの言葉使いにいまだ不慣れなところがある。ローゼマインは鷹揚だが、他がそうとは限らない。すでに対等な立場ではないのに、その自覚がない。

 ローゼマインやフェルディナンドが上位領地の領主や王族、ツェントと態度は謙ってもと対等な意識を持ち、それが許されるのとは違うのだ。

 身内だという甘さが見え隠れするエーレンフェスト領主一族の態度に、一番頭が痛いのは、フェルディナンドの側近であり、ローゼマインの側近達だ。

 彼等にすれば、アレキサンドリアで領主夫妻としてたつことになる大事な主の足を引っ張ったり、負担になることが許せないのだ。

「そういえば、神殿の孤児や灰色神官達の中にメルヒオールの側近たちとそりの合わぬ者がいるとか?」

「ああ、メルヒオールはそなたが神殿長だったときの話を聞きたがるのだが、何かにつけてローゼマイン様はと言いだすのがメルヒオールの側近たちは気にいらぬようだ」

「神殿長が変わったのだからやり方が変わるのは当たり前ですのに」

 困ったことという風に頬に手をあてて首をかたむけてみせる。

「フィリーネ達をアレキサンドリアに移す際、希望者はこちらで買い取りましょう。そのほうがメルヒオールの側近達もやりやすいでしょう」

「そうしてくれると助かる。最近は何かと揉め事が増えてな」

 溜息をつくジルヴェスターにそうなのですか?とローゼマインが首をかしげた。

「ああ、フェルディナンドに続いてそなたがいなくなったせいで、印刷事業が思うようにすすまない。あちこちで問題が起きている。神殿のローゼマイン工房、ハルデンツェルとイルクナーは稼働しているが、新しく導入した工房は繁忙期と閑散期の差が激しく、予想していた程には利益がのびていない。新設をきめた印刷工房の設置もなかなかうまくいっていないありさまだ」

「それは大変ですわね」

 もともと、ローゼマインが子供教室で広めた本は今では定番となり、一巡したことで売上は鈍化していた。孤児院のローゼマイン工房では孤児と灰色神官達が食べていくだけの売上で良いこともあって、聖典シリーズの絵本とリバーシやトランプなどの生産で十分やっていける。それでもトランプは木札に簡易な柄の廉価版と厚い紙に凝った絵柄の高額品など種類を増やして領外からくる商人向けなどで売上を確保している。貴族院ではエルヴィーラとその周囲が書く新作以外は、写本なども含めて随分と出回っている。初期の頃のような一気に売上が増えるということはない。逆に、消耗品である罫線入りの紙の方が売上は堅調だった。

 そして、恋愛小説作家として人気のエルヴィーラが書く新作は、エーレンフェスト以外でも固定ファンがついていて、書き下ろしは確実に売れる。

 今まではローゼマインがそれぞれの印刷所でかぶらぬように原稿をまわしていたが、ここにきて新作の原稿を用意できる者と用意できぬ者の間に差が生まれ始めていた。

「ローゼマイン、そなたのグーテンベルクを貸してくれ。印刷工房が増えるのはそなたの望みだろう?」

「無理ですわ。アレキサンドリア内に印刷工房を立ち上げるので彼等は走り回っています。少なくともイルクナーをはじめ、彼らが指導した者達がエーレンフェストにはいるのですから、どうにかするのはそちらの文官の仕事でしょう?立て直しに忙しいアレキサンドリアの仕事ではございません」

「ローゼマイン、頼む!」

「いくら頼まれても無理です。これ以上彼らの負担を増やせませんし、フェルディナンドに仕事をふれません」

 ピシリと拒絶され、ジルヴェスターは驚いた表情を見せる。まさか、本に関する事でローゼマインが断るとは思っていなかったらしい。

 だが、ローゼマインにすれば、こうなることは予想のうちだった。自分がいた時でさえ、新規に工房を立ち上げる時はいろいろと揉めたのだ。平民の都合を考えない貴族と、金属活字がどんなものか、精緻に仕上げなければ使い物にならないと理解できていない職人では作業が進むはずがない。

 ましてや、貴族達に根回しと脅しで調整をしてくれたフェルディナンドもいないのだ。ローゼマイン自身、平民の仲介はできても、こと貴族対応に関してどれだけフェルディナンドに助けられていたか。

 フェルディナンドは平民であるベンノ達が非協力的だと言った文官達を排除し、ローゼマインが大事にしている職人達を守ってくれた。

 だが、命じることしか知らないジルヴェスターに調整やら根回しができるはずもなく、印刷業のほとんどはローゼマインが指揮してきたから城の文官達もわかっている者はいない。

 一応、ローゼマインの母であるエルヴィーラが地元で印刷工房の立ち上げに携わって、印刷事業の総括を行っているが、はたして彼女の下に城の文官達はついて仕事ができるのか。職人達との橋渡しが出来、改善の案が出せるローゼマインの不在は痛かった。

 そんな状況はローゼマインにも容易に想像がついたが、正直、アレキサンドリアの新規事業で手いっぱいで、エーレンフェストの面倒に関わっている時間がないのだ。

「助言という程ではございませんが、現場で作業している平民達の意見をよく聞いてください。それだけで大分ましになるはずです」

 ローゼマインの言葉を聞いて、怪訝そうな顔になるジルヴェスターと側仕えの様子に、内心インゴ達エーレンフェストの職人達にごめんと謝った。

 ブリュンヒルデあたりに泣きついてくれればとは思うが、それをこの場で言うわけにもいかない。

 残った者達に情がないわけではないけれど、アレキサンドリアについてきてくれた者達が最優先で、どうしてもエーレンフェストに残った者に割ける力は少ないのだ。

 ただでさえ国境門を閉ざしたことで、唯一外に向かって開かれていた貿易のアドバンテージは消え、砂糖の独占も失った。

 新事業をある程度形に出来なければ、経済的な理由から領内の不満があふれて混乱する。今は少ない部下を使い倒し、フェルディナンドが薬を手放せない状態で旧アーレンスバッハの住人達の意識と組織改革を進めているのに、エーレンフェストまで面倒見切れないのが本音のところ。

 これ以上、仕事を抱え込む余裕はうちにはないと言えた。

 実際、ジルヴェスターはうまくエーレンフェストを回し切れていなかった。エーレンフェストの実権を母から取り戻し、領地を発展させることで貴族達にその権威認めさせて主導権を握りたかったが、その前提条件にローゼマインとフェルディナンドが深くかかわり過ぎていた。

 印刷業や新しい料理や服飾などエーレンフェストの新事業はローゼマインが主導して行い、実務はフェルディナンドに頼ってきた弊害が、一気に芽吹いていた。

 新しく工房を立ち上げるようにと命じたギーベと文官達は平民達にやれと命じればそれで稼働すると思っているが、紙を作るために、印刷工房を動かすのに何が必要なのかは判っていない。特に金属活字は正確に図面通り作成することが求められるが、ローゼマインやグーテンベルクの基準での合格と、初めて作成する職人や貴族達の合格の基準が違い、なぜ印刷できないのか、きちんと動かないのかが分らない。図面通りに作れと言われれば、 作っていると反論する。

 職人達がローゼマイン様はちゃんと話を聞いてくれたと言えば、貴族の文官やギーベ達は「ローゼマイン様は平民を甘やかしてきたのだな、だが自分達は違う」と上から言われて改善点の進言もきかない。

 何もかもが中途半端にちぐはぐで回らないのだ。

 ヴェローニカの派閥の子供達は、最大の庇護者であるローゼマインを失った。

 ヴィルフリートはヴェローニカの失脚にゲオルギーネ討伐で彼女達を支援してきた派閥の後援を失い、ローゼマインと婚約解消したことでライゼガングの支持も無くなり、領主候補生から外れたことで若干の寂しさと開放感を得ていたが、危機感はなかった。

 シャルロッテはローゼマインの穴を埋めようと奮闘しているが、その才は補佐向きで、周囲を巻き込んで引っ張っていくには力が足りない。

 メルヒオールに周囲の期待がかかるが、彼はまだ幼い。

 ローゼマインを中心にまとまり、補い合ってきた領主候補生達もどこか噛み合わず、目指す方向を示す者がいないので、周囲も戸惑いがちだ。

 ライゼガング系の古老などはアーレンスバッハの礎を奪い、アウブとなったローゼマインに不満を見せる。

 大領地のアーレンスバッハであればアウブになっても、女神の化身であるローゼマイン様にとってエーレンフェスト程度のアウブではご満足いただけなかったのかと。

「あら?ライゼガングが望むのはわたくしではなく、ライゼガングにとって都合が良いアウブでしょう?」とローゼマインは笑った。

「だって、わたくしはもっと印刷業を広げたいですし、美味しい料理も服飾も新しい産業をおこして領地を発展させて、いずれは平民も気軽に本を読める程に識字率をあげて可処分所得を増やす計画なのに、ライゼガングは余計な事をするなとわたくしの邪魔をなさるのでしょう?廃領地になるアーレンスバッハであれば、アレキサンドリアとしてわたくしの好きにしてよいとフェルディナンド様がおっしゃって、念願の図書館都市を作るのを手伝って下さるのです。ならば、あちらを選ぶのは当然でしょう?」

「ローゼマイン様…」

「わたくしを守りたいと思ってくださったのは本当のことでしょう。それを疑う訳ではありません。わたくしが虚弱だったせいで、余計に心配をかけたと思います。でも、わたくしはエーレンフェストを発展させたいとは言いましたがエーレンフェストの領主になりたいなどと言ったことは一度もございません。それなのに、ライゼガングの皆様の耳は都合の良いように聞こえているのですね。わたくしがやりたくないといった事もやりたいと言ったことも聞こえていらっしゃらない。それでわたくしのため?ライゼガングのためでしょう?わたくしの名前を勝手に利用しないでくださいませ」

 母であるエルヴィーラは今まで本づくりを支援してくれたし、領主候補生としていたらないわたくしを助けてくれたから感謝している。その実家もないがしろにするつもりはないけれど、わたくしをお飾りアウブにしようとしていたライゼガングに、アレキサンドリアが便宜をはかるつもりはないと切り捨てた。

 穀倉地としての自負がライゼガングを支え、それゆえに自分達の利点を手放したがらない彼らにエーレンフェストから出た以上、かまっていられない。

 ユルゲンシュミットは魔力があるせいで、土壌改良しなくても豊かに実る。逆に魔力が不足すると努力だけでは補えない。

 それに、土地が祈りで回復するから潤沢な魔力を貴族が大地に注げば、連作障害の心配もなければ二毛作どころか五毛作だって可能なのだ。

 確かに今まではライゼガングが食糧を支えていたのだろうが、これからもずっとそうとは限らない。お金と伝手さえあれば他の領地から買い付けることだってできるのだ。

 それでも寒さや乾燥に強い品種、甘みの強い果実などの品種改良が無駄になるとも思えないから、フェルディナンドの魔木研究所の下部組織に農作物の品種改良、病害虫対策や種苗の管理組織をおきたいと考えている。魔魚研究所は生態調査と養殖に適した魚の研究が希望だし、魔獣研究所も畜産の品種改良や野生種の個体管理をする下部組織をおきたい。

もちろん、紙に適した植物の研究もするが、香辛料や砂糖の代替え品となる植物の研究も継続したいし、お米の原種も探したい。

 ローゼマインが無意識にぽろぽろと零した願望全てをフェルディナンドが叶えようとするから、さすがに昔捨てた自重を探して拾ってきた方がいいだろうかと思案している。

 ジルヴェスターに感謝していない訳ではない。出来る限り守ってくれたことも理解している。それでも、フェルディナンドに大量の仕事を押しつけていたことや、フェルディナンドがアーレンスバッハに移り、魔力不足なのが分かっていながら妻のフロレンツィアを妊娠させたこと、母親であるヴェローニカや伯父である前神殿長ベーゼヴァンス、ヴィルフリートの対応からも身内に甘く、それ以上に自分に甘いと思っている。

 逃げるジルヴェスターを捕まえて仕事をやらせるのがカルステッドやフェルディナンドの役目だというが、探して捕まえる時間と手間が無駄だと思う。

 肝心要の責任からは逃げなかったというが、日常業務なら逃げて良い訳でもあるまい。

 フェルディナンドの仕事を手伝っていたから、彼のさばく仕事量の膨大さを知っている。重要案件は見せてもらえなかったから、もっぱら帳簿などの数字がらみの仕事が主だったけれど、手伝いをあてにされるぐらいには常に仕事を抱えていた。神殿の仕事だけでなく、騎士団の手伝いに領主補佐まで、無理だと断れない彼も悪いがそれでも頼む方も大概だと思っている。

 実際のところ、ローゼマインが仕事を手伝うことで、貴重な材料を使った回復薬、孤児院や工房の援助をする理由にしてくれていたとわかっている。

 それでも、ローゼマインは必ず対価を提示して助けてもらってきたつもりだ。ジルヴェスターのように一方的な援助を当たり前とするのはいかがなものかと思ってしまう。

 フェルディナンドに頼り切っていたから、彼がアーレンスバッハに移動したあと、情報収集もままならず領内がガタついたのだ。

 ジルヴェスターが下街に降りるのは、単なる興味本位でユストクスのように庶民から情報を得るなどできはしない。彼はどこにいても『お貴族様』で、周囲に馴染まないのだから、まともな情報を教える庶民などいる訳がない。それなのに、本人は領主の仕事だと興味のある場所にでかけ、見て納得すれば飽きてしまう。

 フェルディナンドは必ず双方の意見を聞いて判断しろと言って、複数の意見を聞いた。だから貴族からだけではなく、ベンノ達平民からの意見も聞いた。ユストクスが集めてくる情報を取捨選択し、バイアスのかかった情報を精査してもいた。

 だが、ジルヴェスターにはその情報を得る手段がなく、得た情報を活用する術を知らない。

 王族や上位領主であっても理不尽と思えば情理にわたって意見を述べ、簡単には退かないフェルディナンドとその側近、そしてフェルディナンドを手本として育ったローゼマインと想定外を引き起こす彼女によって鍛えられた側近達は、所詮運だけで地位を上げただけの下位領地という周囲の侮りに萎縮する事がない。

 しかし、下位領地として唯唯諾諾と上位者に従うことに慣れきっているジルヴェスターやその側近では中位としての振る舞いも身に付かないうちに上位としての振る舞いを求められて対応しきれない。

 だから、ローゼマインやフェルディナンドの対応との齟齬が生まれる。

 ローゼマイン達が手ごわいとなれば、彼らの上位のアウブであるジルヴェスターが標的にされ、それを捌き切れない。領内ではヴェローニカの派閥を切り捨て、ライゼガングを抑えようとするから、ジルヴェスターを支える勢力が足りない。

 ローゼマインのように外に敵を作って内を糾合する訳ではなく、フェルディナンドのように仇敵であっても実力と実績、そのカリスマをもって問答無用で纏め上げることもできない。

 身内に甘く、争いや嫌われる事を恐れるように中途半端な判断が目立てば双方に不満が残る。

 個人レベルではとっつきにくいフェルディナンドに比べてジルヴェスターの方が人好きのする善良な部類なのだとローゼマインも思う。

 だが、組織の長、上司として見るなら駄目なところばかりが目につく。

 良くも悪くも、ジルヴェスターは子供のような大人なのだ。

 以前は、なんとかフェルディナンドをエーレンフェストに帰そうと思っていたが、今となっては失えないのだ。

 ローゼマインの悲願ともいえる図書館都市のためにも、フェルディナンドの健康的な生活のためにも絶対にジルヴェスターには返さないと決めている。

 アーレンスバッハにいたフェルディナンドは、自分がいなくてもエーレンフェストは問題なく回ると思った。ローゼマインが言うとおり、自分がジルヴェスターを甘やかしていたので、自分が離れれば領主らしくなるのだと。確かに回っていたが、それはかみ合わない歯車を無理矢理動かすようなもので、あちこちできしみが起きていた。

 ローゼマインはエーレンフェストに残してきた者からの報告で多少感じていたが、今までフェルディナンド様に頼り切りだった弊害、これからは自分達で頑張ってと他人事として処理していた。

「そういえばランツェナーベに補償を求め、有利な条件での交易再開を望む輩がいると聞いたが?」

「お好きにどうぞ、というところです。前にも言いましたがアレキサンドリアからは人も物も出しません。船を出せと言われれば、本体を買い取っていただきます。船員も出しませんので自前でランツェナーベまで航行してもらいますよ」

「それで通るのか?」

「残された物資や魔力を通さない道具類はフェルディナンド様が今回の領主会議で高値で売り付けるおつもりのようです。ダンケルフェルガーとドレヴァンヒェルはそれで釣れるでしょうし、アーレンスバッハに属していた下位領地はそのまま取り込む算段もおありでしょう。そもそも元王族のコリンツダウムとブルーメフェルト、他の領地はランツェナーベ戦で何もしていないのですから意見を言える立場ではございません。それでもフェルディナンド様に責任を問うようなら、わたくしが個別に『お話し合い』をさせていただきます」

 にっこりと笑うローゼマインの金色の瞳が輝きを増している。前回、王族達が自分達の責任放棄を棚に上げてフェルディナンドを断罪しようとしたことが今も許せないらしい。

「まったく、その情の半分もヴィルフリートに向けてくれていたらと思うぞ」

 婚約者でありながら、まったく無関心だったローゼマインの態度を思い出して愚痴ってみせると、こてりとローゼマインはその首を傾げた。

「フェルディナンド様とヴィルフリート兄様では差があって当然でしょう?フェルディナンド様が神殿で私を保護してくださらなかったら、とっくに高みに登っていましたよ?生まれた時から虚弱で、何度も死にかけていましたし。青色巫女見習いだった頃、前神殿長のベーゼヴァンスには平民の娘が立場もわきまえず生意気なと目の敵にされていたのを神官長のフェルディナンド様がかばってくださって、貴族としての振る舞いが出来なければ、教育係兼孤児院や工房の助けにと側仕えのフランをわたしくしにつけてくださって、仕事の手伝いと魔力の奉納の報酬だと貴重な素材をつぎ込んだ薬をくだいましたし、印刷業にしても陰でずいぶんと助けてくださいました。わたくしが神殿長だったあいだ、実質的な仕事はフェルディナンド様が決済されていて、その傍ら貴族院の勉強を教えてくださり、恥をかかぬようにと子供用のシュピールを贈って下さって楽師としてロジーナを召し抱えて師事するように助言もくださいました。課題を山積みにされて恨めしく思ったこともございますが、全ては領主の養女となって恥をかかぬように、周囲に認められるようにという心遣いでございました。ならばフェルディナンド様に感謝するのは当然でございましょう?ヴィルフリート兄様はわたくしの事業には関心がおありではありませんでしたから、助けてもらったことといえばわたくしがユレーヴェに浸かっている二年間子供達の勉強や神事を手伝っていただいたことや、不在時貴族院の社交をかわってくださったことでしょうか。感謝していますが、しかしそれは領主候補ならばやって当然のことでしょう?どちらかと言えば社交に関してはお茶会で倒れてシャルロッテに負担をかけたと思いますし。ライゼガングの件も、わたくしが押えるべきとか言われましたが、彼らに認めさせるべきはわたくしではなく、お兄様でありアウブであるジルヴェスター様でしょう?第一、ヴィルフリート兄様を支えて欲しい、助けて欲しいというなら具体的におっしゃっていただかないと、情報もまともにおりてこないのに何をしろと?フェルディナンド様と同じようにと言われたので健康管理の注意をすれば嫌がられましたし」

「それは…」

 遠回しな貴族的な物言いではローゼマインには通じない。

 その上、ローゼマインの側近は、派閥に関係なくローゼマイン至上主義で、ローゼマインが望まぬことはやらせない。

 あの頃は特に、ヴィルフリートとその側近だけでなく、ジルヴェスターも彼らの警戒対象だった。

「領主の養女になった時点で、政略結婚はしかたないと思いました。城の図書館を好きにして良いと言われたので、ヴィルフリート兄様との結婚も悪くないと思いましたが、べつに領主夫人になりたかった訳ではございません。実権は第二夫人に丸投げして、わたくしは図書館で司書として暮らしながら印刷業を広げていければそれで良かったのです」

 別にあのまま神殿で過ごしてもかまわなかった。フェルディナンドは仕事の合間に好きな研究を行い、自分は出来上がってきた新作の本を読みながら、一緒に過ごせればそれで十分だと思っていた。

 フェルディナンドが口にした10年後の未来も、フェルディナンドは研究所で魔木を研究し、その傍らで魔力を注いで手伝いながらローゼマインが本を読んで過ごす世界。

 二人とも、アウブになりたいなどと思ったことなどない。

 それなのにフェルディナンドが中継ぎアウブの婿としてエーレンフェストを出ていくことになり、どれだけ戦力不足に陥ったか。

 単純に魔力の供給もそうだが、貴族間の調整、中央への牽制、ローゼマイン自身が事業で手いっぱいだったのに、ヴィルフリートの婚約者なのだからと望んでもいない領主夫人としての務めなどと言いだされ、ヴィルフリートを立てろと注文をつけられ、それじゃ神殿での魔力奉納や印刷事業は代わりにやってくれるのかと言いたかった。

 もちろん、大事なグーテンベルクを使い潰されてはたまらないから、丸投げするつもりはなかったが。

「優秀なそなたにはわかるものか。ライゼガングだけではない、貴族院でもそなたのほうが領主に相応しいと言われ、努力しても認められぬ辛さが!その上、そなたからずっと伯父上と比べられるなどたまったものではない!」

 周囲から領主としては力量が不足だと言われて、誰にも望まれていないと、何度も父親であるジルヴェスターに訴えてきた。

 領主候補から下りて気分は楽になったが、その分女神の化身に見捨てられたとの陰口がついてまわった。

 気の毒と憐れまれ、プライドはないのかと責められ、放っておいてくれと何度思ったか。

 ローゼマインは以前にもまして、虹色魔石の髪飾りだけでなく、首飾りに手首も叔父がその技術を駆使して作った虹色魔石の宝飾品で飾られている。

 ローゼマインはこれらは全てお守りで、本当にフェルディナンドは過保護だと困ったように笑うが、傍から見れば貴重な虹色魔石をふんだんに使いながらお守りや装飾品と同列にして日常使いにするその贅沢さに驚き、誰の所有かを示すように煌めく金色の魔力で繋がれた独占欲を帯びた示威行為に顔を引きつらせる。

 現世のエーヴェリーヴェ相手では、いくら領主候補生とはいえ、貴族院に通う学生にはとても太刀打ち出来ぬと、同情されるほどに。

 これほどの想いがあったのだったら、最初から伯父上がローゼマインと婚約していればよかったではないか、と思うのは当然だろう。

「神殿育ちと陰口を叩かれ、洗礼式前で平民と思われていた頃は元青色神官だったシキコーザに殴られ目を抉られそうになりました。襲撃を受けたり、毒を盛られたり、フェルディナンド様がいなければ確実に無事ではありませんでしたし、ユレーヴェに二年浸かっていたせいでほとんど成長してなくて、見た目だけでなく偽物聖女と貴族院では隋分と馬鹿にされましたが?」

 自分ばかりが辛い目にあったというヴィルフリートの主張は納得がいかないと、ローゼマインが眉を寄せる。

「別にヴィルフリート兄様を嫌っていた訳ではありませんから、応援ぐらいはいたしますが、特に領主夫人になりたかった訳ではありませんから、どうしてもお兄様をアウブにするために後押ししようとまでは思っておりませんでした。なりたいなら好きにすれば良いし、なりたくないならそうすれば良いと、その程度でございます」

 もともと、ローゼマインは自分の内側に入れた者には甘いが、そうでない者には無関心だ。ヴィルフリートに情がないとまでは言わないが、順位でいえばさほど高くない。

「確かに、恵まれていたとは思います。本を作るまでに、何度も試行錯誤して失敗して、それでもわたくしが欲しい、作りたいと思えば、一緒に考えてくれる人がいました。虚弱なわたくしの身体を厭うことなく心配してくれる人がいました。縁のない子供に高価な楽器を与え手本を示してくれる、必要な教養を教えてくれる人がいました。これから自分を守るのに必要だと、忙しい合間を縫って貴族院での授業を教え、神殿長としての祭事を叩き込んでくれた人がいました。思いつくとすぐに走りだそうとするわたくしを捕まえて、急ぎ過ぎだと叱って、それから一緒に実現する方法を考えてくれた。わたくしが間違っていたり、考えが足りなければ指摘してくれる人がいた。そのことは本当に恵まれていたと思います」

 奇妙な子供の言う事を戯言と流さずに聞いてくれた。最初は家族、ルッツ、そしてベンノ、グーテンベルクの職人達、神殿の灰色神官に孤児院の孤児達、そしてフェルディナンドに側近達、皆が支えてくれたから今がある。

 関わってきた人全てを思い浮かべての言葉だったが、ローゼマインと平民達との関係を知らない者が聞けば、フェルディナンドがいてくれたからだという、盛大なのろけにしか聞こえず、エーレンフェストの者だけでなく、アレキサンドリアの側近達も顔を赤らめていた。

「わたくしだって何度も失敗しました。言葉がたりなかった、考えが及ばなかった、そのせいで周囲に迷惑をかけたことなど数えきれません。だから、ヴィルフリート兄様が一度や二度の失敗で将来が閉ざされるのはどうかと思ったし、まだやり直せると思ったから、口添えはしました。でも、兄様をアウブにしたかったのはアウヴ・エーレンフェストであるジルヴェスター様であって、わたくしではありませんし、教育に責任を持つのは周囲の大人であってわたくしではありません。何者であろうと、なると決めて努力をするのはヴィルフリート兄様であって、わたくしではありませんでしょう?」

「ローゼマイン…」

「ヴェローニカ様の元にいた頃は何を言っても許され、何をしても褒められていたのでしょう?ならば優しいヴェローニカ様と引き離されて、今度はあれは駄目、これは駄目と言われれば窮屈なのは判ります。こんなこともできないのかと溜息をつかれれば悔しいのもわかります。わたくしだって、神殿や孤児院では多めにみてもらえたことが、貴族として洗礼を受け、領主の養女となったら許されなくなりました。幼い頃はほとんど寝込んでいましたから、神殿でも常識が足りないと呆れられ、虚弱すぎて誰かに世話をしてもらえないと日常生活が送れない。歩くのが遅すぎて、側仕えに抱きあげられて運ばれるのすら当たり前でした。それでも、フェルディナンド様だけでなく、わたくしの側にいた者達は、わたくしが領主候補生として、神殿長として周囲に侮られないよう、必要な知識、立場に相応しい立ち居振る舞いを教えてくれました。ヴィルフリート兄様にも最初は次期領主に相応しく教育しようとした者もいたはずなのです。その者達を口うるさいと遠ざけたのはヴェローニカ様の元にいた兄様でしょう?その者達に戻って欲しいと頭を下げて頼んだのですか?」

 ルッツやベンノ達平民と親しく話すこともできなくなった。下町では虚弱なマインはいつも近所の子供達にすればお荷物で、おいてきぼりだった。

 自分だって健康な身体が欲しかった。家族と離れたくなかった。それでも、身分と財力が無ければ大事な人達を助けられないと知ったから、受け入れただけだ。

「それに、わたくしだって完璧すぎるフェルディナンド様と同じ事が誰にでもできるとは思っておりませんよ。あれはフェルディナンド様が自分を守るために必死で身に付けた剣であり盾なのですから。ですが、身近で手本となる領主候補生はフェルディナンド様しかいなかったですし、指導してくださった彼が基準なのは仕方がありませんでしょう?彼の『普通』がいろいろとおかしいのは貴族院で気がつきましたけど、標準がわからないのですもの、フェルディナンド様が出来て当然というなら、そうなのかと思うしかないではありませんか。第一、努力したとおっしゃいますけど、何をされたのでしょう?努力が認められるのは子供の間だけ、結果をださなくては意味がないとジルヴェスター様やフロレンツィア様は教えていらっしゃらないのでしょうか?まさか、今まで領主一族から不遇に扱われてきたのが不満なライゼガングに成績優秀者になったからその努力を認めろとでも?ライゼガングにどんな利益を示し、結果をみせたのです?利益予測を踏まえた事業計画書の一つぐらい出されたのですか?」

 ただでさえフェルディナンドが抜けた穴を埋めるので大変だったのに、婚約者であるのに助けないと文句を言うヴィルフリートとその周囲には腹がたっていたのだ。

 ローゼマイン達の努力を余計な事と否定するライゼガングの態度に落ち込んでもいたし、ジルヴェスターやヴィルフリートが情報を遮断しているのに助けろ、察しろといわれても、何をすれば良いのか具体的に指示を寄こせと言いたい。

 それにヴィルフリートは頑張ったというが、どうもその頑張りの方向がずれていたのではないかと思う。

 ライゼガングの根底にあるのは根深い領主一族に対する不信だ。それを払拭するために何を提示していたのか。

「ローゼマイン、言いすぎだ」

 溜息まじりのジルヴェスターをローゼマインが睨む。

「ジルヴェスター様が甘やかしすぎです。そもそも、アウブであるジルヴェスター様が母親であるヴェローニカ様を抑えられず、侮られていたのもライゼガングの領主一族に対する不満不信を招いたのではありませんか。揉めるのを嫌がって、ヴェローニカ様とフロレンツィア様両方に良い顔をした結果がヴェローニカ様にヴィルフリート兄様を預けて放置。どんな教育を受けているのか自身で確認せず、母上に任せておけば安心などと。ご自身が嫌なことからは逃げてきたから、ヴィルフリート兄様を叱る事もしない、いえ出来ない。フェルディナンド様には領主の仕事だけでなく面倒事から汚れ仕事まで押し付けて、自分は美味しいところだけをつまみ食いなさりたがる」

 笑顔のまま毒を吐くのは誰の影響なのかと思わせるセリフに、ジルヴェスターだけでなくその場にいた者達は顔をひきつらせた。

「ローゼマイン」

「アウブであるジルヴェスター様が、その立場で許される範囲の出来るだけのことをしてくださったとは思っております。ただ、フェルディナンド様はエーレンフェストに籍はありますが、すでにアレキサンドリアの公職に就いた方。今後、フェルディナンド様の貸し出しは応じません。今までの恩がございますから、ことさら冷遇するつもりもありませんが、これからはレシピにしても相談にしても有料とさせていただきます」

「有料?」

「ええ、わたくしだけでなく、フェルディナンド様であってもよろず相談は時間制で有料です。だって、いくら親しく思っていても他領に出た者は他人で、心配することも手紙を送る事も遠慮すべきなのでしょう?ならば、線引きした方が双方気が楽ではありませんか」

 ヴィルフリートの婚約者なのだからと、他領に移ったフェルディナンドの心配をすることも、手紙をだすことも止められた。

 相談するにしても、あらゆる状況を想定しているフェルディナンドの「問題無い」と、思慮が足りないヴィルフリートや、上位者に押し切られがちのジルヴェスターの「大丈夫」では安心感がまったく違う。

 アウブであっても身内に甘いジルヴェスターの優先順位は実子であるヴィルフリートが上であり、フェルディナンドや自分は下位なのはわかっていた。

 ローゼマインにとって印刷事業がどれほど大事か、平民であってもグーテンベルクや神殿で仕えてくれている灰色神官達を大切に思っているか、ジルヴェスターやヴィルフリートは、フェルディナンド程には理解してはいない。

 何よりも誰よりも大事だと、必死で手を伸ばして互いにかばい合うローゼマインの家族を見ていたフェルディナンドは、ローゼマインが守ろうとしているものを理解し尊重してくれた。

 だからこそ、ローゼマインもフェルディナンドに頼りきりになったのだが。

「アレキサンドリアは復興に加えて新規事業の立ち上げで人手も資金も足りません。ですから、今後、無料奉仕はいたしませんので、心得ておいてくださいませ」

 今までと同じ感覚で、気軽にほいほいとフェルディナンドに揉め事の相談を持ち込まれては困る。

 獲れる時に、獲れるところから、獲れるだけ、商人聖女と言われた笑みを浮かべて、ローゼマインは相談に関する価格表をジルヴェスターに差し出した。

 石造りの床に取り押さえられた三人の貴族が、青ざめた顔でフェルディナンドを見上げる。

「どうかアウブに、ローゼマイン様にお取次を!」

「我らの釈明を聞いていただきたいのです」

「アウブの許しなく、このような暴挙許されるとお思いか!」

 冷徹な眼差しで上級貴族である三人を見降ろすフェルディナンドは、『魔王』という呼び名に相応しい冷気をはなっていた。

「必要ない。この地は女神の化身たるローゼマイン様の治める土地。穢れは払わねばならぬ。それだけのことに、いちいちアウブを煩わせるなど、私がするはずがなかろう」

「アーレンスバッハでは許されていたから、アレキサンドリアでも不正が許されると思ったか?その方等を庇護していたディートリンデら愚物はおらぬというのに、まだ立場を理解できぬとは」

 ローゼマインを絶対におく狂信者ともいえるハルトムートは口元だけに笑みをうかべ、罪状を書き連ねた書類を床に投げ捨てた。

「ローゼマイン様は慈悲深い。領主一族の命令ならば逆らえず従った者もいるだろう。心を入れかえ、アレキサンドリアの為に尽くしてくれるなら今までのことは不問にするとおっしゃったが、それはアウブの名前で不正をして良いということではない。ローゼマイン様の名前を汚した罪、万死に値する!」

 地力が回復したことと新領主がたったことを理由に直轄地への勝手な増税と公金の横領、アウブであるローゼマインの名前を無断で利用し、自分達は新領主の信頼を得ているのだと斡旋を約束して商人達や地方ギーベからの収賄。アーレンスバッハ時代、ディートリンデやゲオルギーネに高価な贈り物をすれば許されていた『ささやかな特権』がアレキサンドリアでも通用すると思ったのは、ローゼマインが未成年の女性アウブで衣装や宝飾品を贈ればまるめこめると考えたからだが、それを許す程フェルディナンドは甘くない。

 ましてや、フェルディナンドに対して下卑た視線で女と金銭で目こぼしを願ったのだから、自身で墓穴を掘ってその中に落ちたと言っても良かった。

「ただでさえ、貴族が減っているのだ。簡単に殺したりはせぬ。両手両足切り落とし、喉を潰してから、魔力供給のために塔で飼ってやろう。なあに、安心いたせ。きちんと治療はしてやるし、食事も与えてやる」

 連れて行けとフェルディナンドが手を振れば、控えていた騎士がフェルディナンドの魔力で拘束された上級貴族達を引きずる様に部屋から連れ出した。

 必死でローゼマインへの取り次ぎと慈悲を叫ぶ上級貴族達に向けるフェルディナンド達エーレンフェスト勢の視線は冷たい。

 本来、フェルディナンドはアウブであるローゼマインに影の部分を隠すことはしない。

 それでも、ローゼマインの不在時に処断したのは、彼らが神殿でフェルディナンドに育てられたローゼマインを、花ささげを行う灰色巫女と同列に扱ったせいだ。

 知らず威圧を放つフェルディナンドをユストクスが制止した。

「フェルディナンド様、ただ殺してはもったいないですよ。アレキサンドリアは何かと物入りなのです。ゴミはゴミなりに有効活用し、使い倒さなくては」

 ユストクスもまた、彼らの物言いが許せなかった。

 孤児や灰色神官達にただ食糧を与えるのではなく、生活の術を教えることで救ったローゼマインを、男に媚びて貧しい生活を脱しようとする花ささげの灰色巫女と同列に扱うなど、エーレンフェストからついてきた者達を激怒させるには十分だ。

「…そうだな、魔力以外取り柄がない輩は、供給として使うとしよう。下水処理場の供給にはちょうどよかろう」

 アレキサンドリアの領都は海が近いこともあって、塩分のない真水の井戸が貴重だった。

 そこで、上下水を整備して、塩分と不純物をろ過する上水道施設と汚水を浄化処理する下水処理施設を作った。

 フェルディナンドの力技で作った施設なので、現状魔力消費が馬鹿にならないが、いずれは消費魔力を半分以下にするということで、実稼働している。

 紙づくりにしても、染色にしても綺麗な水と使用後の汚水処理はついてまわる問題なので、試作施設としてとりあえず導入・運用し、規模の見直しなど改善してから地方にも造る予定になっていた。

 ローゼマインが欲しがる物は、魔力消費が大きいシロモノが多い。だからこそ、殺しても別に心は痛まないが、動力程度には役に立ってから死ね、という気分にもなれた。

 身分に関係なく不正は許さぬという見せしめとして、城に勤める文官、武官達の前で上級貴族達を処断したが、怒りがおさまらない。

「ハルトムート、クラリッサ、アウブが戻られる前に、改めてアレキサンドリアの城内と城下の掃除を徹底しろ。穢れは掃き清めておけ」

「承知いたしました。隅々まで清めておきます」

「女神の化身たるローゼマイン様は慈悲深く、塵芥ごとき輩であってもお気になさるやもしれませんが、そのような不浄なモノが、かの女神の視界に入る事自体が許せません」

 フェルディナンドの命を受け、下段にて跪くハルトムートとクラリッサの瞳が強い意志をたたえて主の伴侶であるフェルディナンドを見上げる。

「この地はすでに愚物が治めし不浄のアーレンスバッハではなく、女神の化身がおわす神々に祝福されたアレキサンドリア。そのことがわからぬ愚か者に用はない。その方等、ゆめゆめ忘れるな」

 彼が放つ氷雪にも似た威圧にさらされ、広間にフェルディナンドの冷厳な声が反響すると、その場にいた文官だけでなく武官達も青ざめた顔でそろって膝を折り、頭を垂れた。

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